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長野地方裁判所松本支部 昭和51年(ヨ)57号 判決

債権者

百瀬昌慶

右訴訟代理人弁護士

小笠原稔

右同

中島嘉尚

右同

毛利正道

債務者

愛知車輛興業株式会社

右代表者代表取締役

石田定雄

右訴訟代理人弁護士

山田靖典

主文

債権者が債務者会社松本営業所の従業員である地位を仮に定める。

債務者は債権者に対し、昭和五一年三月から本案判決確定に至るまで毎月末日限り金一二六、一七四円を仮に支払え。

申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(債権者)

主文同旨。

(債務者)

「債権者の本件申請を却下する。申請費用は債権者の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

(申請の理由)

一、債務者会社(以下会社ともいう)は、肩書地(略)に本社事務所を、松本市その他数ケ所に営業所をおき、一般区域貨物自動車運送事業等を業とする株式会社であり、債権者は、昭和四八年三月一日債務者会社松本営業所に運転手として入社し、新車の陸送等を行なってきたものである。

二、債権者は債務者から従業員として、その当月分の賃金を当月末日に支給されており、昭和五一年二月当時の支給を受けていた平均賃金は月額金一二六、一七四円(昭和五一年二月分は自宅待機期間があったため、昭和五〇年一一月より昭和五一年一月分までの平均賃金)であった。

三、ところが、債務者は昭和五一年三月一日付内容証明郵便をもって、債権者に対し、同年二月二一日付で債権者を懲戒解雇した旨の意思表示をなした。

四、しかしながら、債務者のなした右懲戒解雇の意思表示は後述のとおり無効であり、債権者は依然として会社松本営業所の従業員たる地位を有するところ、会社はこれを否定し、債務者は債権者を会社の従業員として取扱わず債権者に対し賃金を支払わない。

五、債権者は、債務者会社に勤務して月平均約一二万円の収入を得ていたものであるが、右収入が債権者の唯一の収入であり、本件解雇によりこれを奪われれば、債権者は全く収入の道を閉されてしまうことにより、現在支給を受けている失業保険金も昭和五一年一〇月までで打切られるので、生活することが困難になり且つ、債権者は現在でも全自運の組合員として組合活動を続けているものであるが、このまゝの状態では、債権者は組合活動もできなくなり、本案判決をまっては回復しがたい著るしい損害を蒙ることは明白であるので、本件仮処分の必要性がある。

(申請の理由に対する答弁)

一、申請の理由一項の事実は認める。

二、同三項の事実は認めるが、債務者が債権者を懲戒解雇する旨の意思表示をなしたのは昭和五一年二月一二日であり、同年三月一日付内容証明郵便は右懲戒解雇の意思表示を念のため書面で確認したものである。

三、同四項の事実中本件懲戒解雇が無効であることは否認し、その余の事実は認める。

四、同五項の本件仮処分の必要性は争う。

(債務者の主張)

一、本件懲戒解雇の理由

債権者の会社松本営業所における勤務状態は以下に述べるとおり極めて劣悪であり、就業規則五五条の懲戒解雇事由に該当する行為が多々存することから就業規則に基づき債権者を懲戒解雇に処したものである。

1、無断欠勤及び納車不履行

(一)、昭和四九年一二月四日

債権者は、同日に無断欠勤をして、指示されていた名古屋市から上田市への商品車の搬送をなさず納入先であるトヨタオート長野上田営業所へ商品車を納入しなかった。

(二)、昭和五一年一月一七日

会社は、同月一六日午後三時頃、債権者に対し、前日の一五日に南松本貨物駅へ貨車輸送されてきた商品車を同月一七日午前八時迄に長野市川中島所在の長野トヨタ新車点検工場(以下単に新点工場という)へ運転、搬送して納車するように指示した。それを受けて、債権者は同一六日、搬送すべき右商品車を自宅へ運転して持ち帰えり、翌一七日は、自宅から直接右工場へ出発することになった。ところが債権者は同一七日午前一一時頃に出社し、当日従事することになっていた南松本貨物駅での貨車降ろし作業に従事したのみで前記商品車を納車しなかった。

(三)、同月一九日

債権者は、同日の午前六時頃に会社を出発して午前八時迄に前記工場へ前記商品車を搬送して納車すべきであったにも拘らず、無断欠勤して右商品車の搬送、納車をなさなかった。

(四)、同月二〇日

債権者は同日に至っても出社せず前記商品車を前記工場に納入しなかった。

(五)、同年二月一〇日

会社は、同月九日、債権者に対し、商品車を翌一〇日午前八時迄に長野市内のトヨタカローラ長野南店へ搬送し納車するよう指示した。債権者は、同九日に右商品車を自宅へ持ち帰えったが、無断欠勤し、納車しなかった。

(六)、同月一二日

債権者は、同月一一日午後一時頃、本社において、同月一二日正午迄に長野市内の新点工場へ商品車を搬送し納車するように指示を受け、右商品車を引渡されて名古屋を出発した。同日午後六時頃には、会社松本営業所へ帰着し、翌日の長野納車であるから、いつものとおり右商品車を債権者の自宅へ持ち帰えり、直接に長野市内の右工場へ搬送、納車することになっていたが、翌一二日債権者は無断欠勤し前記商品車を納入しなかった。

2、交通事故の惹起

(一)、追越事故

債権者は、昭和四八年三月二九日、長野県更級郡大岡村日原において、商品自動車を自走させて搬送中、交通事故を発生させた。この事故は、債権者が前走する大型車両を追越そうとして反対車線に出たところ、対向してくる大型車両と衝突したものであって、このため、会社は、同年六月一〇日、搬送業務の発注者である長野トヨペット株式会社に損害賠償として金七万円を支払い、同額の損害を受けた。

(二)、運転操作ミス

同年四月三日、長野市川中島町において、商品自動車を自走させて走行中、交通事故を起した。この事故は、債権者が動転して運転操作を誤まったために対向してくる大型車両に衝突したものであって、このため、会社はその商品自動車を長野トヨタ自動車から買上げざるをえなくなり、それを他に転売することによってその差額の金一〇万五〇〇〇円と右買上げの際の諸経費の金一万五七二〇円の合計金一二万〇七二〇円の損害を受けた。

(三)、追越事故

昭和四九年六月二八日、債権者は、長野県北安曇郡八坂村栃沢地前の国道一九号線上において、商品自動車を自走して搬走中、先行車両を追越すべく対向車線に進出したところ、直前車が自車前方に出たため急制動の措置をとったが、それによりスリップして道路右側の縁石に衝突し、その反動で左方側溝に落輪させた。この商品自動車は、トヨタオート長野が引取ってくれたため、会社は、何らの損害を受けず、そのため無事故扱いとされた。

(四)、スピードの出すぎによる運転操作不適当

同年一〇月一六日、債権者は、松本市井川城において、商品自動車を自走して走行中、交通事故を発生させた。この事故は、右場所付近の丁字路に至ったとき、左横の道路から進行してきて停止した車両を回避して進行しようとしたが、スピードが出すぎていたため、右側に寄りすぎ適切な処置がとれず駐車車両に衝突したものである。これは、トヨタカローラ南信において修理が受けられることになり会社は損害を受けなかった。

(五)、追越事故

昭和五一年二月九日、債権者は、長野県更級郡大岡村地先の国道一九号線上において、商品自動車を走行中、交通事故を発生させた。この事故は、前方の大型車を先頭とする一団を追越すべく債権者が対向車線に出たところ、右一団の二番目を走行していた車両も同じく追越し体制に入るべく対向車線に進出したため、債権者運転車両と接衝したものである。この事故に関しては、根岸所長が現場に急行し、先方との間で交渉して損害の全部を先方にて負担する線で話をまとめたため、会社には損害はなかった。

また、右事故の発端は、債権者の追い越し行為にあり、昭和四八年三月二九日、昭和四九年六月二八日の事故と同種の事故であるうえ今回の事故の当日、根岸所長が債権者らに対して厳に追い越し行為をしないように注意した矢先の事故であった。

3、規律、指示違反

(一)、昭和五一年二月九日午後六時頃、債権者は、会社長野営業所において、同営業所の配車係である伝田三男から、帰路の業務として長野トヨタ松本支店へ商品自動車を翌一〇日午前八時までに納車するべく指示を受けるとともに、併せて燃料のプロパンガスの充填をしていくよう指示された。しかし、債権者は、その指示に従わず、プロパンガスの充填作業を怠り、そのまま右商品自動車を会社松本営業所へ搬送してきた。

(二)、同月一一日午前二時頃、飲酒のうえ出社してきた。これは、同日午前八時までに会社本社へ出頭し、根岸所長とともに同月九日の交通事故の処理をなすべく、自動車にて名古屋に赴くことになっていたのであるが、職業運転手としては全く言語道断の行為であるといわなければならない。

4、債権者の無反省と改悛の情の欠如

(一)、自宅待機

会社松本営業所の根岸所長は、昭和五一年二月一二日債権者に対し、同月一三日から自宅待機をするように命じた。これは、これまでの債権者の勤務状態、そのうちでも特に同月一〇日に無断欠勤、搬送業務懈怠をして詫状を提出しておきながら同一二日の無断欠勤、搬送業務懈怠がなされたことから、もはやこのまま放置しておくことはできないと判断して会社本社に報告のうえ指示を仰ぐとともに債権者本人に対し猛省を求めるためになした処置である。

この自宅待機の処置は、賃金を支給しない懲戒処分としての出勤停止ではなく、また就業規則その他に根拠を有する不利益処分としてなされたわけではなく、会社都合による休業を命じた職務命令にすぎない。

(二)、組合幹部に対する債権者の始末書提出に関する依頼

根岸所長は、同年二月一二日、債権者に自宅待機を命じた後、組合幹部である洞沢副委員長、和田登副委員長、上野実義書記長および山田執行委員を事務所に招き、同人らに対し、債権者がこれまでに無断欠勤、搬送業務懈怠を繰りかえしているため自宅待機を命ずる処置をとり本社へ報告したが、債権者が真摯に反省し、それを証明する始末書を提出するならば、陳謝のため債権者に同行して本社へ赴いてもよい旨の意思を表明し組合幹部からも右の点を債権者によく話して欲しい旨依頼したところ組合幹部はこれを了承した。しかしながら組合幹部は無断欠勤の問題を「特急便遅納」の問題にすり換えて始末書を提出する必要がないなどと主張し、債権者も解雇されるまで右主張に終始して無断欠勤について始末書を提出する姿勢を示さなかった。同月二一日根岸所長は債権者らを松本営業所に呼んで話し合ったが、無断欠勤について債権者は形式的に陳謝したものの、組合幹部は特急便でなかったので始末書を出す必要はないと抗議し、債権者にはこれまで無断欠勤を連続的にくり返えしたことを真摯に反省し、今後かかる勤務態度をとらないことを決意するといった真摯な反省心、改悛の情は全くみられなかった。

5、本件懲戒解雇の決定

ところで昭和五一年当時松本営業所において施行していた就業規則(疎乙一号証、同一四号証の二、以下就業規則(乙)という)によれば、債権者の前記1の行為は同4の事実と相俟って同就業規則五五条二項二三号、二九号(三項一、二、九号)、同2の各行為は同規則五五条二項二五、二六号、同3(一)の行為は同規則五五条二項一四号、同3(二)の行為は同規則五五条二項二四号の各懲戒解雇事由に該当する。そこで債務者は同規則五四条に基き、従業員賞罰委員会を開催して慎重審議のうえ、債権者の前記各行為が就業規則に違反し、職務上の義務に違反し職務を怠ったもので債務者の従業員としてふさわしくないものと判断し、同年二月二〇日右賞罰委員会において、同月二一日をもって債権者を懲戒解雇する旨決定した。

二、予備的解雇処分について

債務者は、昭和五一年三月三日、債権者を就業規則(乙)第一〇条一号に基き予備的に解雇した。これは、会社が同年二月二一日付にて債権者を懲戒解雇処分に付したが、念のため予備的に、債権者の勤務成績が他の従業員と比較して著しく劣悪であり、全く改悛の見込がなかったので、会社は、同年三月三日、同就業規則第一〇条一号に基き、三〇日分の平均賃金である金八万四九〇六円を支給して解雇することとなり、会社松本営業所の所長である根岸清が同月六日、債権者の自宅において、債権者に対し右事情を説明して就業規則(乙)第一〇条一号に基く予備的解雇処分をなす旨通告した。なお、会社は、同年三月一〇日、債権者が右解雇処分に伴なう支給金の受領を拒否したので、長野地方法務局松本支局に右金員を弁済供託した。

(債務者の主張に対する答弁)

一、債務者の主張一項について

1、同項1の(一)ないし(六)の事実は認める。

2、同項2の(五)の事実のうち事故の発生の事実は認めるが、根岸所長が債権者らに対し追越行為をしないよう注意したことは否認する。

3、同項3の(一)の事実は否認、同(二)の事実のうち債権者が出社した際飲酒していたことは認めるが、これは友人の送別会に出席することが既に決っており、その際乾杯程度にとめおいたものであり、債権者が車の運転をすることを認識していたわけではない。

4、同項4の(一)の事実のうち根岸所長が債権者に対し自宅待機を命じたことは認めるが、右自宅待機が就業規則等に根拠を有する不利益処分ではないとの点は否認する。同(二)の事実のうち、組合幹部として特急便ではないから債権者に始末書を出す必要はない旨主張したこと、同月二一日債権者が根岸所長に対し無断欠勤について陳謝したことは認めその余は否認する。根岸所長は債権者並びに組合幹部に対し、債権者が特急便を遅納したことを理由に始末書を求めていたものである。

5、同項5の事実は全て否認する。詳細は後述のとおりである。

(債権者の主張―解雇無効原因)

債務者が債権者に対してなした本件懲戒解雇は次のいずれの理由によっても無効である。

一、不当労働行為

1、会社松本営業所においては昭和五〇年七月に至るまで労働組合がなく、労働者の勤務時間は不規則長時間であり又賃金は歩合制で最低保障もなく前近代的な労働条件下におかれていた。同年五~六月当時の小林所長より積載車の導入による合理化案が出されたが、これにより従来の自走業務が減少し、人員整理にもつながることから、運転手の間に不満と不安が噴出し、債権者はこの仲間の窮状を救うためには労働組合結成以外に方法はないと考え、同僚の洞沢喜幸らと共に労働組合結成に努力し、全国組織である全自運に加入し、昭和五〇年七月五日、全運転手の加入を得て全自運松本愛知車輛支部を結成し、債権者はその執行委員長に就任した。

2、組合結成後、直ちに債権者はその中心となって当面の積載車導入問題にとりくみ、同年七月二九日にはストライキを行い、七月三〇日の団体交渉において積載車導入は組合の同意のない限り実施しない旨の協定をかちとった。

そして、同年の夏、冬の一時金闘争においても前年に比し大きな増額をかちとった他、賃金の最低保障として組合は月額一六万円を会社に要求し、同年夏の会社との協定において「支部要求に対しては来年五月までに確立する」との成果を生んだ。又、松本営業所の運転手の業務は人によって仕事が区々であるため全員が一堂に会することがなかったため、会社からの連絡事項や、組合の会社に対する要望を徹底させるため、毎月一回定期的に業務会議を開くよう組合から会社に要求し昭和五〇年一二月一四日に第一回会議が開催され以降今日に至るまで毎月第二月曜日に開催されるようになった。

3、これら組合の活発な活動に対し、会社は様々な妨害干渉を加えてきた。

(一)、昭和五〇年一二月一日から組合は年末一時金闘争に入り、全自運の腕章をつけて闘ったがこれに対し、同月六日会社長野営業所長代行は、組合上野実義書記長に対し「全自運の腕章をつけている者には配車を出さないように新点工場原山工場長から指示があったから配車を出すわけにはいかない。」等虚偽の事実を述べ組合活動に干渉した。

(二)、同じ五〇年末一時金闘争の際、闘争に突入した松本支部組合員が、全自運の腕章をつけたところ、会社は、松本営業所の仕事を急に長野営業所に動かし、松本営業所の仕事を少なくし、いわゆる干ぼし戦術をとってきた。(これは一二月一四日の団体交渉で抗議した結果元どおりに戻った。)

(三)、昭和五〇年九月頃、本社において有木取締役営業部長は、上野書記長に対し「全自運から脱退して社内組合をつくってくれ、そうすれば協力できる。

全自運では、認められるべき賃上げも認められなくなる」と干渉した。

(四)、債権者が解雇された昭和五一年二月下旬頃から、松本営業所根岸所長は西川幸雄を動かして組合員の集団脱退を策動し、百瀬渥美、松沢篤司、斉藤任弘、代田義夫、山田光雄に対し組合からの脱会を勧奨し、同年三月右西川を含めた六名を組合より集団脱会させた。しかも根岸所長は同年四月九~一〇日に右六名の者を料亭に招いて酒食をふるまい後日一人当り一万円の現金を支給している。

(五)、昭和五一年五月中旬、前記有木部長は組合上野書記長に対し、全自運から脱退するなら会社も組合を支援しても良い旨述べ組合活動に干渉した。

4、以上のとおり、会社は組合活動を嫌悪し、その中心人物であった債権者を邪魔者とみていたことは明らかであるが債権者の本件解雇及び前記集団脱退の結果、組合の闘う力は大きくそがれ、昭和五一年の一時金は前年を大きく下回ることとなり、又五〇年夏の協定による最低保障についても組合は会社より全く無視されるに至っており、その弱体化は著しいものがある。

5、債権者に対する本件解雇が、後述のとおりその理由とするところは極めて薄弱であり、従来の慣行を全く無視して債権者の落度を誇大に曲解して取上げ、又重大な手続に違背してなされたものである点、及び既に述べた会社の組合に対する態度等からすれば本件解雇は会社が債権者の組合活動を嫌悪してなした不当労働行為であって無効であることは明らかである。

二、労働協約違反

昭和五〇年七月二三日会社と全自運松本愛知車輛支部との間で団体交渉を行ない、「会社は、組合員の身分・労働条件等の変更を行なう場合には、事前に支部と協議し、合意のもとに行なうものとする」等の労働協約を締結している。

本件債権者に対する解雇処分は、右支部との協議・合意の手続を欠いており、右労働協約に違反する無効なものである。

三、重大な手続違反

1、就業規則の不存在

会社松本営業所には、本件解雇の根拠としている就業規則(乙)は存在せず、労働基準監督署長に対する届出も存しない。本件解雇の根拠とされている就業規則(乙)なるものは、本件解雇を正当化するため後日会社がねつ造したものと思われる。

いうまでもなく労働基準法上、就業規則は事業所毎にこれを定めることとされており、また労働契約上の身分関係に重大な影響を及ぼす懲戒解雇等の処分については、就業規則の定めによらなければ効力を生じないことも当然である。

しかるに、会社松本営業所には、就業規則は存在しないのであるから会社の債権者に対してなした懲戒解雇処分は就業規則に基づかないものであり従って、本件解雇は違法無効なものである。

2、就業規則違反

仮りに債務者会社主張の如く、債権者には就業規則(乙)が適用されるとしても、債務者会社には次の重大な手続違反がある。

(一)、手続違反(賞罰委員会手続の欠缺 その一)

債権者に対する本件解雇手続は、賞罰委員会の規定によることなく(賞罰委員会規定の不存在)かつ賞罰委員会の審議なくして行なわれたものであり、就業規則(乙)第五四条に違反するものであり、本件解雇は無効である。即ち、使用者が労働者に対し制裁を科するについて一定の手続を経ることを定めた場合には、使用者はその定められた手続を経るべき義務を負う。賞罰委員会制度の趣旨は、処分の結果が出されるにあたり、事実の認定、懲戒規定の適用を熟考し公正に処分問題を検討するにありその制度趣旨からして懲戒処分を決定するにあたり重大な手続であり、右に違反した懲戒処分は手続において重大な瑕疵があり、無効というべきものである。

3、信義則違反(就業規則の不公正解釈運用)

債務者会社の債権者に対する本件解雇は就業規則の不公正な解釈運用の結果によるものであり信義則に違反し無効である。

債務者は債権者に対し昭和五一年二月一二日自宅待機処分に付したが、右自宅待機処分は債務者就業規則(乙)五五条一項三にいう出勤停止処分に該当するにもかかわらず、更に債権者を懲戒解雇処分に付したことは同就業規則を著しく不公正に解釈運用した結果によるものであり、信義則に反し無効である。

四、権利濫用

1、解雇理由と就業規則(乙)の適用について

(一)、解雇理由1の(一)は本件解雇より一年以上前の事実であって、この際会社は債権者から始末書をとり注意している。これは就業規則(乙)五六条の譴責に該当する。

従って右事実を再び取上げ解雇の理由とすることは許されない。

(二)、同1の(二)ないし(四)の事実は債権者の病気のために欠勤したものであって止むを得ないものというべきである。一月一七日、債権者は頭痛のため納車することができなかったが他の業務に優先する貨車降しの作業だけは放置できなかったので頭痛をこらえて出勤したものである。ところが一九日に至り扁桃腺による高熱のため納車はおろか会社に連絡することもできずただ食事もとらずに寝ていたのである。そして二〇日になって欠勤する旨の連絡をとり引続き病気で欠勤したもので欠勤及び納車できなかったことは止むを得ないものである。

(三)、同1の(五)について、債権者は二月九日の業務会議で事故防止対策に関する会社の姿勢を率先して追求しながら同じ日の午後には、債権者に過失はないとはいえ交通事故をおこしてしまった。

そのことと、債権者は昭和四九、五〇年と二年連続して会社から無事故表彰を受けており、しかも昭和五〇年の無事故表彰はやはり同じ九日の午前に受けたばかりであったのに事故をおこしてしまったことで大きな精神的ショックを受け、出勤しにくかったというのである。

債権者が納車を怠ったことは、決してほめられないこととはいえ右債権者の心情には、無理からぬものがある。

なお、この件については、根岸所長から注意を受け、始末書まで書かされている。右所長の行為は、当然就業規則(乙)五七条の訓戒とみられるべきものであり、改めて解雇理由とはなしえない。

(四)、同1の(六)について

就業規則(乙)第六八条によると、運転手の勤務時間は一日一一時間を越えてはならないと規定されている。

ところが、債権者は二月一一日午前二時に出社を命じられて松本営業所に出社し、そこから名古屋本社に行き更にトヨタ輸送におもむいて事故状況の報告をしたうえ同日正午ころ本社に戻り、そこで納車の指示を受けて商品車を自送し、午後六時ころ松本に帰着したというのであり、債権者は右六八条の制限をはるかに越える長時間業務に従事させられたことになる。

しかも債権者は、一一日午前二時まで睡眠をとっていたわけではない。即ち二月一〇日の日から起きていたのであるから、二月一一日自宅に帰った際は、極度に疲労していたことは容易に推認できるところであり、かゝる場合なかなか寝つかれないこと又一旦寝ついたら遂寝すごしてしまうことも経験則上充分首肯できることであり、債務者会社が自らの就業規則違反を棚にあげて債権者のみを責めることは不当であり、債権者が納車できなかったのも無理からぬ事情にあったのである。

(五)、同2の(五)の事故は債権者に全く過失のない事故であって、就業規則(乙)五五条二項に該当することはない。

(六)、同3の(一)は全く虚偽の事実である。

(七)、同3の(二)は債権者は自動車の運転を命ぜられてはいなかったし、自動車を運転する認識もなかったので就業規則(乙)五五条二項に該当することはない。

以上のとおり、債務者会社は虚偽の事実ないしは歪曲した事実を並べたてそれに就業規則(乙)を恣意的にあてはめて解雇したものである。そして債権者の「改悛の見込み」について会社は債権者本人の反省がどうかは調べようともせず、債権者本人の陳謝を無視して処分しているのである。

2、慣行無視の解雇

債務者会社松本営業所においては、運転手の無断欠勤はしばしば行われていたところ、会社がこれに対して懲戒処分をした例は殆んどなかった。にもかかわらず、債権者に対し懲戒処分のうち最も重い懲戒解雇処分をすることは明らかに慣行を無視した差別的取扱であり権利の濫用である。

従ってこれらの事実によれば本件懲戒解雇は懲戒権の濫用であって無効である。

(債権者の主張に対する答弁及び反論)

一、債権者の主張一項の事実について

1、同項1の事実のうち昭和五〇年七月五日全自運松本愛知車輛支部が結成されたこと、債権者がその執行委員長であることは認め、その余の事実は否認する。

2、同2、3項の各事実はいずれも否認する。

3、同項5の事実は否認する。

二、債権者の主張二項の労働協約締結の事実は否認する。債務者は組合との間で債権者主張のような労働協約を締結したことはない。

三、同三項1の事実は否認する。会社松本営業所における就業規則は存在し、その経緯は次のとおりである。

昭和四二年五月二一日から施行されている就業規則(疎乙第一号証のもの)は、昭和四三年一〇月二日、会社松本営業所が同年九月に開設されたのに伴ない同営業所においては従来からの右就業規則を若干手直した就業規則(以下甲就業規則という)を施行させた(疎乙第八号証の二のもの)。この同営業所の就業規則は、昭和四四年七月七日に松本労働基準監督署に届出られたが、その前後を通じて従業員に周知せしめていた。また、会社は、右の従来からの就業規則の一部を改正し、同営業所を除き他の事業所において施行したが(疎乙第一号証の第六九条)、同営業所では、その開設に伴ない施行した就業規則が施行以来一年も経過していないことから、それをそのまま施行することにした。会社は、昭和四五年二月二一日、全社的に慶弔規定を増額改正したことに伴ない、同日から会社松本営業所の就業規則も全社的なものに統一することになり、その開設に伴ない施行した就業規則(疎乙第八号証の二のもの)を従来からの就業規則(疎乙第一号証のもの)に切換え施行し、従業員に周知せしめた。

なお、従来からの就業規則と松本営業所の開設に伴ない同営業所に施行した就業規則とは、若干の条項を除き、欠勤等の届出、懲戒処分を含め、全く同一同文であり、その相違点は運転手助手の就業時間に関する第二六条と第二七条、振替休日に関する第三三条だけであり、安全衛生に関する規定が松本営業所開設に伴ない施行された就業規則には附加されたことにより(疎乙第八号証の二の第五〇条)、従来からの就業規則の第五〇条以下に当る条項が全く同一同文のまま順次一条ずつ繰り下がっているに留まるだけである。

会社は、就業規則の改正の都度、従業員の意見を聴取しているが、就業規則の改正における従業員の意見聴取、監督署への届出は、法律上の監督機能ないしは労働条件の明示という行政監督上の手続にすぎず、労働基準法違反の責任は別として、就業規則そのものの効力が影響されないものと解すべきである。また、念のため付言すれば、会社松本営業所では、就業規則の冊子を事務所カウンター脇に吊り下げて従業員の閲覧に供し周知させていた。同営業所における本件懲戒解雇処分、予備解雇処分の当時に施行されていた就業規則(乙)を前記組合結成直後に津金全自運長野地本委員長に交付し、それが右組合に流布されたことにより、右組合員にも当然に徹底周知がなされているといわなければならない。

同三項2、3の事実はいずれも否認。

四、同四項の主張はいずれも争う。

第三、証拠(略)

理由

(被保全権利)

一、申請の理由一項の事実は当事者間に争いがない。

二、(証拠略)によると、昭和五一年二月二一日債務者は根岸松本営業所長を通じ債権者に対し解雇する旨意思表示をなし、更に同年三月一日付内容証明郵便でもって債権者に対し同年二月二一日付で懲戒解雇に付する旨意思表示をなしたこと、右書面には懲戒解雇の事由として、債務者の主張本件懲戒解雇の理由1の六回に亘る無断欠勤及び納車不履行、同2の(五)の交通事故の惹起、並びに同3の規律・指示違反の事実が記載され、右各行為は就業規則五五条二項各号に該当するものとして、右就業規則により処分する旨記載されていたことが疎明され、右疎明を覆えすに足りる疎明資料はない。

三、就業規則について

1、(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。

会社松本営業所は昭和四三年九月一日に開設され、その後逐次運転乗務員等従業員が雇用され、同年一〇月二日より就業規則(甲)(疎乙八号証の二、疎甲二号証)が施行され、右就業規則は昭和四四年七月七日松本労働基準監督署に届出がなされた。

右就業規則はその後昭和四四年六月二一日及び慶弔見舞金の改正に伴い昭和四五年二月二一日一部改正されて施行されたが、右改正就業規則は松本労働基準監督署に届出がなされなかった。

本件解雇の意思表示がなされた後、債権者の組合の属する全自運と債務者との間の本件解雇をめぐる接衝の中で松本営業所に施行されている就業規則の存在、内容、松本労働基準監督署への届出の有無が争われ、債務者は右の点について明確な回答をなしえないでいたところ、昭和五一年六月一四日に至り債務者は疎乙一号証(疎乙一四号証の二)の就業規則(乙)を松本労働基準監督署に届出、本件懲戒解雇の意思表示の当時松本営業所に施行されていたのは右就業規則であり、これに基いて本件懲戒解雇をなした旨主張し現在に至っている。証人石田琴次の証言中右認定に反する部分は措信しない。

2、ところで債務者は本件解雇時において松本営業所に履行されていた就業規則は疎乙一号証(同一四号証の二)であり、当初松本営業所では疎乙八号証の二の就業規則を施行していたが、昭和四五年二月二一日より全社的な慶弔見舞金の改正に伴って、昭和四二年五月一日より松本営業所を除くその他の営業所で全社的に施行されていた就業規則を一部改正したもの(疎乙一号証)を松本営業所においても施行するようになった旨主張し、証人石田琴次の証言中にも一部右主張に沿う部分がある。しかしながら同証人の右の点に関する証言は極めてあいまいであり、松本営業所に施行されていた就業規則はよく分らない旨証言する部分もあり、同証人によっては松本営業所に施行されていた就業規則が何であるか判然としない。

3、疎乙一号証及び同一四号証の二を仔細に検討すると、同就業規則は一条から六六条までとその後に作成されたことが明らかな末尾の三丁(四八条の改正及び付則)とに分類できるが、末尾の付則とそれ以前の本文とを対比すると末尾の付則がそれ以前の本文の改正として付加されたものであることは極めて疑わしい。即ち、末尾の付則は六八条から始まり、本文との間には六七条が欠落することになる他、六八条中の改正事項である「二六条運転手助手の項を削除する。」との項目に対応する項目が本文二六条には存しないからである。

疎乙一号証(同一四号証の二)の末尾の付則と疎乙八号証の二とを対比するとむしろこの両者の間には条文の数、内容等極めて自然な関連性が存し、前記慶弔見舞金の改正の事実とを総合するときは、実は疎乙一号証の末尾の付則は疎乙八号証の二の改正条文であると推認するのが相当であり会社松本営業所においては当初疎乙八号証の二の就業規則が施行され、その後右就業規則が改正されて施行されてきたものと推認するのが相当である。

4、従って債務者主張のように松本営業所に疎乙一号証(同一四号証の二)の就業規則(乙)が施行されていたとは疎明されないものといわなければならない。

5、前掲疎甲一号証及び弁論の全趣旨によれば、債務者は債権者に対する懲戒事由の根拠条文として就業規則五五条を掲げていることが認められ、これによれば債務者は疎乙一号証(同一四号証の二)の就業規則(乙)(これが一体の就業規則として存在したか否かについても前述のとおり疑問がある)によって債権者を解雇したことは明らかであるところ、その根拠となる疎乙一号証(同一四号証の二)の就業規則(乙)が松本営業所において施行されていたとの疎明に欠ける結果、債務者の本件解雇はその限りにおいて就業規則に基づかない違法なものと言わざるを得ない。

6、しかしながら松本営業所において、施行されていたと一応推認される疎乙八号証の二の就業規則の懲戒規定と前記疎乙一号証の就業規則の懲戒規定とはその実体的・手続的要件全てが全く同一であることが認められる。

ところで、当初懲戒処分に適用すべき就業規則を誤ったとしても、それによって直ちに当該懲戒処分を無効とすべきではなく、当該懲戒処分の原因である事実に本来適用すべきであった就業規則を適用して尚元の懲戒処分が肯定される場合には、当該懲戒処分を有効なものと判断して差し支えないものと考えられる。

従って本件懲戒解雇の意思表示について右の点から検討することにする。(もっとも、乙八号証の二の就業規則(甲)についても、その周知徹底等については判然としない点が多く、その効力について疑問がない訳ではないが、右の点は一まず措くことにする。)

四、懲戒解雇事由について

1、交通事故の惹起について

(証拠略)を総合すると、

(一)、債権者は、昭和四八年三月二九日、長野県更級郡大岡村日原において商品自動車を自走させて搬送中、先行する大型車を追越そうとした際、反対車線に出たところ対向車の発見が遅れ、急停車したが間に合わず、大型車の右側バンパーに自車右側バンパーフェンダーを衝突させた。これにより会社は発注者長野トヨペット株式会社に損害賠償として金七万円を支払った。

(二)、同年四月三日債務者は、長野市川中島町において商品車を自走中、対向する大型車に危険を感じて急ブレーキをかけたところスリップして相手車右ドアに自車を衝突させた。これにより会社は金一二万七二〇円の損害を蒙った。

(三)、昭和四九年六月二八日債権者は、長野県北安曇郡八坂村の国道一九号線上において商品車を自走中、先行車の追越しを開始し対向車線に入って加速を始めたところ、先行車が突然自車の前へ出てきたため、急制動したところスリップして縁石に衝突しその反動で側溝へ落輪させた。この件では会社に損害は無かった。

(四)、同年一〇月一六日債権者は、松本市井川城において商品車を自走中T字路の左前方の通路より頭を出して停車しようとした車を避けようとして右に寄ったところ駐車中の車に接触。この件では会社に損害は無かった。

(五)、昭和五一年二月九日債権者は、長野県更級郡大岡村国道一九号線上において、先行車を追越すべく右車線に出たところ、先行車が突然右に出たため、接触し道路右側の側溝に落ちた。この件では会社に損害は無かった。

ことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

債務者は債権者の右交通事故の惹起をもって懲戒解雇事由である「過失により重大な人身事故あるいは交通事故を起し会社に損害を与えたとき、」「粗暴運転又は過失による小事故を繰返し改悛の見込みのないとき」に該当すると主張するが、前記各事故はいずれも重大な事故といえないものであることはいうまでもなく、うち(三)、(四)、(五)の事故については債権者に過失が無いか、あっても小さな過失であり又会社に損害を与えてはいないものである。そして(証拠略)によれば、債務者会社では毎年無事故者及び努力者を表彰しているところ、努力者賞は自走員の場合事故が年間一件以内の者に与えられることになって(従って年一回以内の事故の場合には表彰の対象である)いるところ、債権者は昭和四九、五〇年の二年連続会社より無事故表彰を受けていることが認められ、右事実によれば債権者は会社よりむしろ優良運転手と評価されていたと推認される外、前記(一)ないし(四)の事故は本件懲戒解雇より約一ないし三年以前に発生したものであり、改めて本件懲戒の理由となしうるかにも疑問の存するところである。その他前記交通事故は就業規則(甲)のいずれの懲戒事由にも該当しない。

2、規律・指示違反

(一)、債務者は、債権者が昭和五一年二月九日、長野の新点工場から松本営業所へ商品車の搬送を命じた際、配車係伝田三男が、燃料が足りないので充填して行くように指示したのに右指示に反して燃料を充填しなかった旨主張し、右主張に沿う(人証略)が存するが、同証言は債権者本人尋問の結果並びに燃料不足を指摘され、その充填を指示されながらその指示を無視して走行することは特別の事情のない限り、運転者の心理として不自然であることに照らし、にわかに措信できない。他に右事実を認めるべき疎明資料はない。

(二)、昭和五一年二月一一日午前二時松本営業所長根岸清の指示により名古屋の本社に出発すべく出社した債権者が酒気を帯びていたことは当事者間に争いがない。

(人証略)によると、

同月一〇日午後七時頃、債権者は根岸所長より前日の債権者の交通事故について名古屋の本社へ事故報告へ赴くので翌一一日午前二時松本営業所へ出頭するよう命じられ、その際名古屋へは根岸所長の車で行く旨告げられたこと、ところが偶々同日債権者の友人の送別会が行われることになり、債権者は呼出されてこれに参加したが、名古屋に行くことを考え飲酒は乾杯程度に止めておいたこと、翌日午前二時頃債権者は松本営業所に出社したが酒に酔ってはいなかったこと、根岸所長の指示で債権者は一時間程仮眠した後根岸所長の運転で出発し、途中債権者が根岸に代って運転し名古屋に到着したことがそれぞれ疎明される。

右事実によれば、債権者は根岸より債権者が運転して名古屋に行く旨告げられていた訳ではなく、又酒に酔って出社した訳ではないから、出社の際多少でも酒気を帯びていたことは軽率のそしりを免れないが、債権者の右行為は就業規則五六条二項二四号の「会社内で許可なく飲酒し、又は酔って会社に出社する等風紀紊乱の行為があったとき」に該当するとは認められない。

3、無断欠勤・納車不履行

債務者の主張一項1の(一)ないし(六)記載のとおり、債権者が無届欠勤もしくは納車不履行を行ったことは当事者間に争いがない。

(証拠略)と次の各事実が疎明される。

(一)、会社松本営業所の業務は、商品である自動車を元請である自動車輸送会社から会社が請負(下請)自動車輸送会社の指示に基き長野県内の販売店まで搬送する一次輸送と、右販売店からそれぞれの営業所まで搬送する二次輸送に別れ、搬送方法は主として商品自動車の一台一台を松本営業所の運転乗務員が自走して搬送する方法がとられていた。松本営業所は前記発注に基き当日就労できる運転乗務員毎に搬送すべき商品車を配車して受注配車一覧表を作成し、これに基き前日又は当日松本営業所の事務所の黒板に板書して各運転乗務員に対し翌日又は当日の搬送業務の指示を行ない、運転乗務員は右黒板を見分して翌日又は当日の自己の業務を確認し、搬送すべき商品車の鍵と搬送伝票を配車係から受領して翌日又は当日の搬送作業に備えることになっていた。そして翌日の搬送作業を指示された場合、運転乗務員は前日退社の際商品車を自宅に持ち帰り翌日自宅から直接搬送することが許されていた。

(二)、会社松本営業所では運転乗務員は〈1〉一ケ月二〇〇時間勤務、〈2〉一ケ月三〇台納車、〈3〉一ケ月二五日出勤の三条件のうち二つの条件を充足すれば良いこととされ、又賃金が歩合給であったため、出勤時間、退社時間の制限はなく、休暇もほぼ自由にとれる状態にあった。会社の乗務の性格から言えば搬送を命ぜられた商品車を迅速確実に搬送先に納車することが要請されるけれども、松本営業所においていわゆる「特急便」と称されている商品車の他は納車時間については比較的ルーズな取扱がされていた。就業規則(甲)四〇条によれば従業員が欠勤する場合は予め所定の様式により届出て上長の許可を受けることとされ、やむを得ない理由でこれが出来ない場合には速やかな方法で会社にその旨連絡し、事後に所定の手続をとることとされ、これらの手続をとらないときは無断欠勤として取扱うこととされている。ところが松本営業所の運転乗務員については前述のとおり出勤・退社時間が決っておらず、納車時間についても比較的ルーズな取扱がされていることなどから、時々無断欠勤する者があり、その者が前日商品車を持ち帰っている場合には無断欠勤は必然的に納車不履行を伴うことになるが、会社はこれらの者に対し必要な指導・注意を与えることはあるが、「特急便」の場合を除いては、特に無断欠勤に対し懲戒処分をもって臨むことはなく、運転乗務員も無断欠勤が懲戒処分の対象になるとは考えていなかった。

(三)、昭和四九年一二月四日債権者は、無断欠勤し、商品車の搬送を怠ったが、これに対し、会社より始末書の提出を求められ、同月二〇日これに応じて債権者は会社宛に始末書を提出した。

(四)、昭和五一年一月一六日債権者は、翌日の作業として午前八時までに商品車(トヨタカリーナ)を長野新点工場に搬送し、直ちに帰社して南松本貨物駅での商品車の貨車降ろし作業を指示され、商品車を自宅へ持ち帰った。ところが翌一七日、債権者は頭痛(後に風邪によるものと判明した)のため商品車の搬送ができず、ただ南松本貨物駅での商品車の貨車降ろし作業は他の作業に優先する緊急な作業であるため同日午前一一時頃頭痛を押して出社し右作業に従事し、前記商品車は一九日に搬送するよう改めて藤沢配車係より指示され、債権者は商品車の鍵を持ち帰った。一九、二〇の両日債権者は風邪を引き、扁桃腺炎に伴って高熱を発したため、自宅で寝たきりの状態となり会社を無届で欠勤し、二〇日の午後になって会社に病気で欠勤する旨電話連絡をした。債権者が二〇日になっても出社しないため、会社は従業員西川幸雄を債権者宅へ出向かせて商品車の鍵を取戻し翌二一日松沢憲司によって商品車を納入させた。尚債権者は右病気のため二三日まで欠勤した。

(五)、同年二月九日債権者は会社より翌一〇日午前八時までに長野市内のトヨタカローラ長野南店へ搬送するよう指示を受け、商品車(トヨタカローラ)を自宅へ持ち帰った。九日の業務会議の席上、債権者は事故防止対策に関する会社側の姿勢を批判し、又根岸所長より追越しの際の事故が多いので追い越しには注意するよう話があり、同日午前中には昭和五〇年度の無事故表彰を受けた直後に債権者に過失がないとはいえ前記1の(五)の事故を起こしてしまったことから精神的にショックを受け翌一〇日は出勤しにくかったとして無届で欠勤し商品車の納車を怠った。根岸所長は同日午後七時頃債権者を松本営業所へ呼出し、無断欠勤及び納車不履行について叱責し、同月一一日根岸所長は右の件について「特急便」の納入が遅れ再三ディーラーから催促を受け会社の信用が失墜したとして、債権者に対し、トヨタカローラ長野株式会社宛の謝罪文(疎乙五号証)を書かせた。

(六)、同月一一日午前三時頃債権者は根岸所長と共に松本を出発して名古屋の本社に向った。同日午前中に事故処理に関する報告を終り、本社において翌一二日正午までに商品車であるダンプカーを長野市の新点工場へ納入するよう指示され、債権者は右商品車の引渡を受け同日午後六時頃松本へ帰ってきたが、翌一二日前夜来の疲労のため債権者は午後四時頃まで寝過ごしてしまい会社を無断欠勤すると共に納車を怠った。

(七)、同月一二日根岸所長は債権者が同月一〇日に引き続き一二日に再び無届欠勤・納車懈怠をくり返えし、しかも一〇日の件についてきびしく叱責し、債権者も反省して謝罪文を提出した直後であることから債権者は松本営業所の運転乗務員としてこのまま放置できないと考え債権者に対し自宅待機を命ずると共に本社にこの旨報告した。又同日根岸所長は組合の洞沢喜幸、和田登、上野実義ら組合幹部を集め、「債権者は客の待っている『特急便』を二回も遅らせてディーラーに迷惑をかけ、会社の信用を失墜させたので自宅待機させた」旨述べ、又洞沢喜幸に対し組合から債権者に対し、右の点について始末書を書くように働きかけて欲しい旨申し入れた。組合は同月一四日の組合大会の席上債権者の問題に対する対応策を協議した結果「特急便」を二度も遅らせたのなら債権者は始末書を書くべきだとの声が大勢であったが、組合幹部から二度「特急便」が続くのはおかしいのではないかとの疑問が出され、結局右の点について組合幹部が調査することになった。松本営業所の運転乗務員の間では「特急便」とは納入先が商品車が急ぎ納入されることを待っている場合を指すと理解されていたので、組合幹部で納入先を調査した結果、債権者が納車を命じられていた二月一〇日、二月一二日のいずれの場合も納入先では格別急いでいないものであることが判明したため、組合として債権者は「特急便」については始末書を書かないことになった。同月二一日債権者は根岸所長から呼出され組合幹部と共に松本営業所に赴いたところ、冒頭根岸所長より、始末書はどうなっているか尋ねられたため、債権者は「特急便」ではなかったからこれについては始末書は書かない旨答えたところ、同所長より無届欠勤についてはどうかと更に尋ねられたので、債権者は無届欠勤については陳謝したが、「特急便」でないのを「特急便」と偽って債権者に自宅待機を命じたことを同所長に抗議したところ、押問答となり、結局債権者は同所長より「会社が債権者を解雇する旨言っている」と告げられ物別れに終った。

債権者本人尋問の結果及び(人証略)中右認定に反する部分は措信しない。

そこで検討するに、

一月一七日から二〇日にかけての債権者の無届欠勤は同人の病気によるものであり、二〇日にその旨の事後連絡が会社になされていること及び連絡が遅れたことは債権者の病状からみればやむを得なかったと考えられる余地があり、これらの欠勤及びこれに付随する納車不履行をもって懲戒の事由とするのは酷であって相当ではないと思われる。(人証略)によれば債権者に対する第一回の賞罰委員会において右事由は報告されていないことが認められ、従って根岸所長としても右事由が懲戒の対象となることは考えてはいなかったことからも右の結論は首肯されるところである。

二月一〇日、一二日の無届欠勤・納車不履行は主観的にはともかく、客観的には全く正当な理由のないものであり、一〇日の件について債権者は根岸所長より注意され、又謝罪文を提出しながら、二日後に再び無届欠勤・納車不履行をくり返したもので情状として悪質であり、その後二月二一日の解雇に至る経過には債権者に無断欠勤・納車不履行に対する十分な反省心を窺うことはできない。

ところで就業規則(甲)(乙八号証の二)五六条二項に規定する懲戒解雇事由のうち、債権者の前記無断欠勤等に関連する条項は次のとおりであり、債務者は債権者の前記各行為はいずれも右懲戒事由に該当すると主張する。

(一)、出勤常ならず、又は遅刻、早退、欠勤が常習となり改悛の見込みがないとき。(二三号)

(二)、次項各号に該当する行為がしばしばあり改悛の見込みがないとき。(二九号)

(1) 無断欠勤したとき(3項一号)

(2) 勤務に関する手続その他届出を怠り又はいつわった時(同二号)

(3) 正当な理由なくしばしば遅刻、早退、欠勤をした時(同九号)

ところで既に認定した債権者の欠勤の事実及び、債権者の入社以来の松本営業所における勤務態度からすると、欠勤が常習となっているとは認められないから就業規則五六条二項二三号の適用はなく、又同三項二号、九号にも該当すると認めることはできない。

次に、就業規則(甲)五六条二項二九号の「無断欠勤がしばしばあり改悛の見込みがないとき」の適用であるが、昭和五一年一月から二月にかけての期間を取出して評価するときには債権者にはしばしば無断欠勤があったとみられてもやむを得ないが、そのうち一月一九、二〇の両日については病気によるやむを得ないものと評価し得る。そして債権者「改悛の見込み」であるが、既に述べたように債権者には無断欠勤・納車不履行に対する真摯な反省に乏しい点はあるけれども、会社に昭和四八年三月一日入社以降昭和五〇年一二月までは債権者の勤務態度は格別問題はなく、昭和四九、五〇の両年無事故表彰を受け(二年連続の表彰は松本営業所では債権者のみである)ているところからみればむしろ優良な従業員であったと推認できること、債権者の反省心に乏しい点には根岸所長は「特急便」でないのに「特急便」と偽って債権者を自宅待機処分に付したことに対する債権者の反発があり、又従来の松本営業所における無断欠勤・納車不履行に対する運転乗務員のルーズな感覚に由来すると推認できる部分があること、自宅待機期間中会社は始末書の提出について債権者に積極的に働きかけていないこと等の事情を勘案すると、債権者に「改悛の見込みがない」ということはできない。

従って就業規則(甲)五六条二項二九号を適用することはできない。

以上のとおりであるから、債権者に懲戒解雇の事由の存在を疎明するに足りる疎明資料は無いことに帰着し、本件懲戒解雇の意思表示は同就業規則に違反し無効である。

五、予備的解雇について

(証拠略)によると昭和五一年三月三日債務者は債権者に対し、従前の懲戒解雇はそのままにして予備的に三〇日分の賃金を支給して解雇(普通解雇)する旨の意思表示をなしたことが認められる。ところで普通解雇(単なる労働契約の将来に向けての解約)と懲戒解雇とはその制度の存在目的が全く異質のものであり、手続も異るから、懲戒解雇と普通解雇の転換を安易に認めることは時によっては違法な懲戒解雇を糊塗するための手段に普通解雇が利用され、安易な懲戒解雇が増大し、労働者の地位の不安定を招来する結果に至るから、一方で懲戒解雇を主張し、他方で予備的に普通解雇を主張する場合には、その普通解雇には懲戒解雇事由の存在が必要と解するのが相当である。ところで債権者に懲戒解雇事由の存在が疎明されないこと前述のとおりであるから債務者がなした本件普通解雇の意思表示も無効である。

(保全の必要性について)

本件解雇が無効であるから債権者は依然として債務者の従業員たる地位にあるところ、(証拠略)によれば、債権者は本件懲戒解雇になるまでは債務者より毎月末限り給与の支払を受け、昭和五〇年一一月から同五一年一月まで平均給与は金一二六、一七四円であったことが疎明されるから、債権者は債務者に対し昭和五一年三月以降毎月末限り右金額の賃金請求権を有するところ、債権者は債務者より支払われる給与を唯一の収入として生活してきたものであり、かつ現在でも全自運の組合員として組合活動を続けているものであるが、このままでは組合活動も困難となり本案判決の確定を待っては回復し難い損害を蒙る虞れがあるので本件仮処分の必要性がある。(証拠略)によれば債権者は昭和五三年三月から近鉄第一トラック株式会社松本支店に時間給金五五〇円で臨時雇用され(証拠略)記載の収入を得ていることが認められるが、債権者は昭和五一年三月から収入を失っていたものであり、右事実によっても保全の必要性は否定されない。

(結論)

以上のとおりであるから本件仮処分申請は理由があるので保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林醇)

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